ケン・ハンレーさんの旅行記
テーマ:世界遺産・遺跡・秘境
旅行記タイトル:泰国極楽島訪問記PART3(バンコク編)
旅行期間:2002/11/08〜2002/11/16

旅行記の内容:旅客機が高度を下げ始めた。
太陽はゆっくりと地平線に近づき、南国特有の強烈な夕陽で、雲も翼も真っ赤に染まる。
眼下に広がる大地、広大な水田のなかを大河メナムが流れ、林立する椰子のフィールドの中を1本の道路がまっすぐに走る。
その道路のはるか向こうに、まるで蜃気楼に浮かぶ幻影のように、巨大な都市が見えてきた。
バンコクだ。
写真:旅客機が高度を下げ始めた。
太陽はゆっくりと地平線に近づき、南国特有の強烈な夕陽で、雲も翼も真っ赤に染まる。
眼下に広がる大地、広大な水田のなかを大河メナムが流れ、林立する椰子のフィールドの中を1本の道路がまっすぐに走る。
その道路のはるか向こうに、まるで蜃気楼に浮かぶ幻影のように、巨大な都市が見えてきた。
バンコクだ。
17:35、定刻にバンコク・ドンムアンエアポートに到着。
国内線ターミナルは初めてだ。
都心へはタクシーが便利だが、丁度エアポートバスが着いた。
100Btと安いので今回もこれに乗る。
すっかり暗くなったハイウエーを走り、1時間ほどでプラトゥナーム地区に到着。
前回と同じくバイヨーク・スカイ・ホテルにチェックイン。
いつもの通りフロントでゴネる。
「いい部屋にしてくれよ、前回はとなりのファランとタイ女性のお陰でうんざりさせられたんだ。
」で、今回もカド部屋をゲット。

シャワーを済ませプラトゥナーム市場に出る。
肉、野菜、魚など様々な食材の匂いや、ハーブ、香辛料、油、コーヒー屋台の匂いまで、すべてごちゃ混ぜになった中を歩き「ああ、もういい加減にしてくれ」と思ったら帰って休むに限る。
逆に、「よし、食ってやる。
」だったら体調は良好だ。
さて、今夜は、うん、腹が減った、さあ、食うぞ。
2年まえ見つけたカオ・マンガイ(蒸し鶏ご飯)の旨い店、夕めしはここに決めていた。
ピンクのポロシャツがユニフォームの可愛いお姉ちゃんが運んでくれたカオ・マンガイ。
旨い、2年ぶりに食べる味、ダシがご飯にしみ込み、鶏肉もちゃんと鶏肉の味がしてホンとにウマい。
あっという間に完食、この国の料理は量が少ないのが欠点だ。
35Bt、値段も変わっていない。

前から気になっていたマッサージショップがある。
ネオンの煌く、その名も“ラチャダムリ・スパ”。
「オイル・マッサー、頼むよ。
」というと、一瞬ぎょっとされる。
ん、なんかおかしな事言ったかな。
個室に入り服を脱いで、タオルを巻いてベッドに横になり準備完了、バーブの良い匂いのするオイルでたっぷりとマッサージをしてもらう。
マッサージ嬢は若いが、なかなか上手だ。
オイルを上手く使って、丹念に筋肉に沿って揉み上げ、筋を伸ばしてくれる。
ただ、彼女はとても大胆で、要所要所であらぬところに手を入れてくるわ、うつぶせになったらタオルは引っぺがされるわで、なかなかスリルがある。
本来ここでおかしいと思わなければいけないのだが、やはりとても気持ちが良く、時間が来るころには期待したとおりすっかり骨抜きにされてしまった。
そして、終了間際、彼女が言う。
「お客さん、日本人ネ。
」「ああ、そうだよ。
」「ここ、日本人こない。
タイ人オンリー。
」「そうだろうね。
」そして、ちょっと恥ずかしそうに彼女が言った次の言葉に、私は愕然とした。
そして全てを理解したのだ。

スパを出たらまた腹が空いた。
11時を廻るとまた混んでくるめし屋の、少し空いた時間。
店頭に置かれている、おかずが入った数種類のバットの中から、迷いながら定番ケーン・キャワーン(グリーンカレー)、カイ・パロー(ゆで卵と厚揚げの醤油煮)それにヤム・ウン・セン(春雨の和え物?鳥ひき肉入り)の3品を選んでご飯に乗せてもらう。
ケーン・キャワーンもヤム・ウン・センも辛いが、このカイ・パローは日本にもありそうな味付けで、醤油と砂糖で甘く煮てあり、前の二品の間に食べるとなぜかホッとする感じだ。
この後は部屋に直行、早々に就寝する。

5:30起床、まだ窓の外は暗いが、今日はアユタヤへ行くので早起き。
77階の、ものすごい高さのレストランで朝食、朝日がゆっくりと昇り始めるのを見る。
D?パックに最低限の荷物を詰め、6:00ホテルを出て丁度止まっていたタクシーを拾う。
なんと、運転手のおじさんは車内で朝食中、定番パートンコー(揚げパン)とコーヒーだ。
運転中も朝食は続けられ、大丈夫かと冷や冷やするが、まあ、マイ・ペンライか。
「パートンコーだね。
」と声をかけると、「ああ、パートンコーさ、いつもなんだ。
旨いぞ。
」と言ってにやっと笑った。

7時ちょうどの列車に間に合った。
到着予定は8:42とある。
売店でネスカフェ缶コーヒーとロッテのクールミントガムを買って9番線へ向かう。
改札は無い。
このファランポーン駅は好きな建物だ。
ローマのテルミニ駅をモデルに造られたと言われ、洒落たドーム型の西洋建築で、確かにヨーロッパの駅を思わせる。
だが一歩中に入ると、地方から出てきた人や、出稼ぎを終え故郷に帰る人たちでごったがえし、ダフ屋や、スリ、置き引きなどもいて、常に喧騒に満ちている。
ここはいわゆるバンコクの上野駅なのだ。

7;00ちょうどに汽笛が鳴り、列車はゆっくりと動き出す。
車内では発車当時から大きなカゴをかかえたオバちゃんやお姉さんが様々な食べ物を売りに来る。
竹串に刺した鳥の丸焼き、焼きソーセージ、蒸したもち米、ソムタム(パパイヤの辛いサラダ)、コーラやビール。
おひとついかがと売り込まれ、食べたい気もするが朝食で満腹だからと断る。
隣の席のオバちゃん4人組は、片っ端から呼び止め、食べまくっている上客だ。
何を食べているのかと覗いたら、(何だい、このニイちゃんは、朝飯が珍しいかい?)という感じて睨まれてしまった。
ごめんなさい、珍しいんです。
「なんだ、この人、イープンだよ。
」と言っている。
タイ人と思われていたらしい、そうだよな、プーケットで真っ黒になっているもの。

パーン・パインの駅を通過、定刻を思ったとおり20分遅れてアユタヤ駅に到着した。
駅前ではトゥクトゥクの運転手が手ぐすね引いて待ち構えている。
「タクシー?」「カンコーデスカ?」「ヤスイヨ」の連呼を避け、駅前市場を抜け船着場へ歩く。
駅と、遺跡群のある市街地はチャオプラヤー川で分断されていて、橋はあるが遠いので渡し舟を使う。

渡し賃は5Bt、土地の人と、ファランのバックパッカーと一緒に、束の間のクルーズを楽しむ。
船着場を出ると、そこはまた市場、市街の中心だから駅前より大きく、めし屋、両替所、セブン・イレブン、安宿やレンタルサイクル屋などが軒を連ねる。
ここでもトゥクトゥクの誘いを受けるが、2時間500Btなどと高いことを言うので、レンタバイクの看板を見て、ここでもバイクで廻ることを考えつく。

まだ新しいホンダWAVE、125ccを見つけて早速交渉、「2時間程度だからまけてよ」といい、250Btを200Btに値切って借りる。
ついでにトイレも借りる。
清潔だが、タイ式トイレで、紙は無く水瓶に水が汲んである。
小用を足しながら、「いつかこれを使って左手でお尻を洗う時が来るんだろうな。
」などと思う。
トイレを出て、人のよさそうなレンタル店のニイちゃんとバイクについて少しお喋り。
「ホンダが好きなんだ、4サイクルで音もいいし。
」というので、「そうだね、2サイクルはスタートはいいけど、やっぱり4サイクルのほうが走りはタフだよ。
」と同調する。
ニイちゃん、いたく喜んでくれた。

最初の寺、ワット・ラーチャブラナへ到着。
ここは結構好きな寺で、入り口から入るとすぐ見えるクメール様式の壮大な仏塔が印象的だ。
しかしレンガ造りのその他の建物はことごとく破壊され、廃墟となって当時の栄華をわずかにしのばせるに過ぎない。
アユタヤは北部チェンマイのランナー・タイ王朝と並び、タイでの最古の王朝で、初代ウートン王が1351年に建国したと言われる。
歴代30人の王のもと、400年にわたって繁栄した国だ。
1767年、宿敵であり、幾多の抗争の歴史を残したビルマ軍の総攻撃により都市は壊滅、現在は様々な遺跡群が残り、世界遺産にも指定されている。

ワット・ラーチャブラナの仏塔や僧院跡、本堂跡など廃墟を散策し、ふと立ち止まり空を見上げ目を閉じると、古代王朝の都市の賑わいが聞こえてくるような気がする。
タイで初めて訪れた遺跡であり、私にとって大変印象深い寺だ。

ワット・ラーチャブラナの隣にあるのが有名なワット・プラ・マハタート。
ここは仏陀の石像が多かったせいか、ビルマ軍に特に激しく破壊され、並んだ石像全ての首が切り落とされている。
中には一部修復されているものもあるが、頭部の無い仏像がいくつも並んでいるさまは、敬虔とは言えずとも仏教徒として胸が痛むものがある。

特に衝撃的なのは木の根にはまり込んだ仏像の頭部で、これはよく写真などでも紹介され有名だ。
おや、前回より男前になったなと思ったら、欠けていた鼻が若干修復されて白くなっている。
心無い者たちのいたずらから守るため、柵もめぐらされた。

ワット・プラ・スィー・サンペット、3人の王の遺骨の眠る重要な寺院遺跡だ。
寺院や遺跡と言っても、「金閣寺よりも銀閣寺が好き」というように人それぞれで好みはあると思う。
私にはこの寺院はなぜかぴったりと好みに合って、遺跡のなかにいくら居ても飽きない。
他の寺と同じようにビルマ軍に徹底的に破壊されて、原型を留めない建物も多いが、敷地の中心にある3基のセイロン様式の仏塔は美しく、見事だ。
遠くセイロンまで交流を広げていたアユタヤ王朝、日本とも交易があり、山田長政がここで重要な地位にあったことは良く知られている。
仏塔の後方には、これも今では廃墟となった本堂、書院、僧院の跡などがあり、のび放題の草が風に揺れている。

MDプレイヤーのスイッチを入れる。
どうしてもここで聞きたい曲があった。
U2“Where The Streets Have No Name―約束の地”1987年のU2の傑作アルバム、「The Joshua Treeの冒頭を飾る名曲、これをずっとここで聞きたいと思ってきた。
今から5分間、この曲を聞くためにだけ私はここにいる。

ワット・ロカヤ・スタへ行く。
ここは、まさに笑っちゃいそうな涅槃仏が青空の下で堂々と寝っころがっている。
見るべきものは他には何も無い。
ただ、仏様が寝っころがっているだけの遺跡だ。
その穏やかな寝顔を見て、建物は破壊の限りを尽くしたビルマ軍も、これだけは壊すのをやめて帰ったんじゃないか、そんな空想が浮かぶ。
リクライニング・ブッダの傍で一休み。
さて、これで前回思い残したところは全部廻ったし、やりたいこともやった。
次に来るときは1泊してライトアップでも見に来ようかな、などと考える。

時間が少し余った。
中心市街からすこし離れたところにあるワット・プー・カオ・トーンに行ってみることにする。
途中の道が素晴らしく、バイク乗りには嬉しくなる。
ついついスロットルを開けっぱなしにして、気がつけば95km/h出ていた!怖い怖い。
ワット・プー・カオ・トーンは、実に大きな寺院で、名の意味は「黄金の山」さて、この塔の下に立って見上げると、ため息がでる。
「アユタヤを一望できる」とガイドブックに書いてあるが、一望するためには登らなければならない。
しかし、暑い。
たまらなく暑くなってきた。
ゆうに30℃は超えている気温、登りきって見下ろすと、確かにアユタヤの町、そして大平原のパノラマが眼下に広がり、列車の車窓からみたとおり、平原は湿地帯と化しているのが良くわかる。
景色はいい。
しかし、もう、へとへとだ。

アユタヤ観光を終了し昼食をとらず12:26のバンコク行きに乗る。
腹が減った。
困ったなと思っていたら、グッドタイミングで車内販売のオバちゃんがやってきた。
ムー・ヤーン(焼いた豚肉)とソーセージ、それにカウ・ニャオ(蒸したもち米)を買う。
「ソンシッハーバー」オバちゃんが言うが、なんの事か分からない。
ポカンとしていると指を2本、次に5本示した。
ああ、25Btだね、とお金を払うと、「なんだ、あんた日本人かい?」というような事を言った。
「ああ、コン・イープン、ナ。
(日本人だよ)」と答えたらにっこり笑った。
すれ違いにやってきた飲み物を売るおネエちゃんに「あの人、日本人だよ。
」と言っている。
おかげでおネエちゃんは、ペプシコーラは「フィフティーン・バーツ。
」と言ってくれた。
合計100円の駅弁、ウマー。

カオサンへ寄ってみる。
通りを歩けば、右を見ても左を見ても英語の看板だらけ、大音量で流れてくるロック、聞こえる会話も英語ばかりで、ここは本当にバンコクか、と疑わしくなってしまう。
通りの両側には露店が並び、その後ろには旅行客目当ての土産物屋やカフェやめし屋が軒を連ねる。
カフェの椅子に座って、タンクトップに短パンのファランの若者が昼間からビールを飲んでいる。
その上には大画面のプロジェクションテレビがあって、DVDのハリウッド映画を上映している。
ファランの傍若無人ぶりが目に付くこの街は、申し訳ないが私とはなんとなく肌が合わない。

と、私が不機嫌なのは目の前にあるあんかけ焼きソバのせいかも知れない。
揚げた麺に、豚肉と野菜のたっぷり入ったあんをかけ、見かけは非常に旨そうで大いに期待したのだが、食べてみるとこれがだめだ。
タイへ来るようになって何年目かで、初めてまずい食べ物に出会った。
あんは良いのだが、麺がいけない。
古い油で、それも低温で揚げたらしく、べたべたのギトギトだ。
めったに無いことだが、初めて食事を残す。
ああ、悔しい。
このあと「チャイディ・マッサージ」でニコニコ顔のオバちゃんに2時間たっぷり揉んでもらい、日本茶とパイナップルのおやつも貰って、ようやく機嫌は直った。
単純だと言われても仕方ないが、ホントに気持ち良いんですよ、タイマッサージは。
しかもここは2時間300Bt、安かった。

帰り道は「運河ボート」に乗る。
カオサン近くのパンファー橋というところからホテルのあるプラトゥナームまではセンセーブ運河が流れ、運河ボートが運航されている。
渋滞知らず、しかも運賃は7Btと格安だが、但しこのボート、クサい。
運河といえば聞こえは良いが、要は生活排水が垂れ流し放題のドブ川で、汚れっぱなし澱みっぱなしの川をゆく船なのだ。
ボートは満員、狭い木の板の座席に4人掛けで窮屈だ。
そろそろ勤め帰りのラッシュの始まる時間か。
ホテルに帰り、今夜はパッポンとタニヤへ探検にでかける。
写真はありません。
ここら辺の情報はいくらでもネットにありますから、悪しからず。

ひとしきり遊んだあとの夜食に、珍しいクイッティオ・ナーム・イエンタウフー(腐乳ダレいりのタイラーメン)の屋台を見つけて食べてみる。
豆腐を醗酵させた紅いタレが入ったこのそば、初めて食べたが、スープがなかなか濃厚だ。
発酵食品だから体にもいいとかで、タイでも健康ブームなのか流行しているという。
屋台には珍しく女性客が多く、満席でOL風の女性と相席になった。
そばをすすりながら、「危ない危ない、まんまとタニヤに引っかかるところだったぜ。
」とひとり苦笑い、向かいの女性に気味悪がられる。
そばの写真も撮っているんだから仕方ないな。
12時少し前ホテルに戻り、シャワーを浴びて就寝。

7:00起床、眠たいが暑くて寝ていられない。
それに腹がへった。
夕べは遊ぶのに忙しくて夕めしを食べ損ね、いろいろあって串焼きとそば一杯しか口にしていない。
77階の高層レストランへ行き、ビュッフェスタイルだから食べたいものを片っ端から取る。
ベーコン&スクランブルエッグにソーセージ、ゆで卵、タイ風焼きソバ、デニッシュロール、海苔巻き4個、味噌汁、中華粥、それにたっぷりのサラダ、オレンジジュースにコーヒー。
日本人が多いホテルなので日本食もいくつか置いてある。
味はどれもイマイチだがここは量で勝負だ。
これだけ食べてもまだ物足りず、そばの模擬屋台で太麺そばも追加、時間をかけてゆっくりと平らげる。
それにしてもここからの眺めは凄い。
市内がまさに一望できる。
高所恐怖症の人は食べた気がしないかもしれないな。

今日は何の予定も立てていない。
ゆっくりと食休みをして街へ出る。
チットロム駅からBTSスカイトレインに乗ってとりあえずチャオプラヤー川へ向かい、ここから気まぐれにボートに乗る。
8B程度でリバー・クルーズも楽しめるチャオプラヤー・エキスプレスはお勧めの移動手段と思う。
シャングリラ、オリエンタル、そしてオーキッド・シェラトンなどの高級ホテルをはじめ、気持ちよい風に吹かれながら川沿いの景色を眺めてゆくのは楽しい。
ひとつ手前の船着場でボートを降り、ワット・ポーに向かってぶらぶら歩く。
港近くの市場も様々な食材が売られていて、オバちゃんたちの威勢のいい掛け声が聞こえ、歩いているだけで楽しくなってくる。
15分ほどでワット・ポーに到着。

ここは巨大な涅槃仏像で有名だが、バンコクで最も古い寺で、タイ・マッサージが初めて学術的に研究された、いわばタイでの大学の元祖でもある。
本堂から中庭、そして有名な黄金に輝くリクライニング・ブッダを見学。
いつ見ても圧倒的な迫力だが、何となく親しみをおぼえるホトケさまで、王宮やワット・プラケオ(エメラルド寺院)の物々しさよりも、私はこの寺が一番好きだ。
中庭では「タイ・マッサージはいかが」と声をかけられる。
ここの技術は最高と聞いているから、いつか、とは思っているのだが、今日は時間的に未だ少し早すぎる。

このあと、2Btを払って渡し舟で対岸のワット・アルンへ。
ここは三島由紀夫の小説「暁の寺」の舞台としても知られており、中心にある大仏塔が美しい。
でも、ホンとは対岸から見るほうがやはりいいな、などと思ってしまった。
境内ではタイの民族衣装に身を包んだ、お世辞にもお嬢さんとはいえない女性たちが、「フォート、フォート。
」と声をかける。
どうせ有料だろうし、悪いけどお金を払ってまで撮りたいモデルさんじゃない。
川沿いにある、境内の休憩場所で水を補給。
ああ、いい風だ、と思わず声に出したくなるほど気持ちのいい風が吹いてくる。
天気は快晴、気温はとっくに30℃を超えているだろう。
音をたててルア・ハン・ヤーオ(尾長舟)が川を行き交う。
のんびりとした時間、休日の楽しさをまた、実感した。

渡し舟で再び対岸に戻り、好物の揚げバナナの屋台があったので一袋購入、20 Bt。
タイではバナナを生では食べない。
渋くてアクの強い、いわゆるクッキングバナナという種類らしく、お腹に悪いといって、揚げたり、焼いたりして料理する。
揚げたバナナに水飴が塗ってあり、ゴマがまぶしてある。
旨い、一袋で6、7枚は入っているから結構なおやつになる。
バナナを食べながら船着場からタクシーを拾って、次は中華街へ向かう。

やって来た中華街、ここはかなりヤバい町だ。
ゴミゴミして空気は悪く、狭いくせに人が一杯で、何と言っても我慢ならないのはその騒音だ。
車はクラクションを鳴らしっぱなしで、バイクはマフラーを整備していないからパキパキパキとけたたましい音を立てて走り回る。
店からはソレに負けじとばかり大声の呼び込みの声が聞こえ、結局買い物客の声も大声になる。
白菜一つ買うのに、なんであの人達は罵り合わなきゃならんのだ、というのがここでの第一印象だ。
でも、何故だろう、なぜかタイに来るたび足が向いてしまう。

ゴミゴミした街をぶらぶらと歩き、噂の“素晴らしい麺”を探しに行く。
ホテル・ホワイト・オーキッドの裏手にその屋台はあった。
周りは薄暗く、静かで、なんだか怖い気さえする。
チャイナタウンの、よりディープな部分に入り込んでしまったようだ。
でも屋台を見つけてホッとする、母親と娘2人の可愛い屋台だ。
早速その“麺”を注文する。
私が外国人であるのが分かったのか、オバちゃんはここへおいでと調理場へ呼んでくれた。
先ず、そばは中太の米粉麺だが赤いものがぽつぽつと見える、どうやら梅か何かの粉を練りこんであるらしい、これを湯通しして、普通はスープだが、オバちゃんは首を横に振る、英語が通じないから何を言っているのか分からないが、「スープは入れないよ、油そばの方が旨いんだ。
」と言っているらしい。
「カップ(うん)。
」と返答。
何種類かの調味料が入った。

「豚肉、入れるかい?」「モヤシ、入れるね。
」「野菜、入れる?」「厚揚げ、入れるね。
」と6種類もの具が入った。
「さ、召し上がれ、おいしいよ。
」と手渡されたクイッティオ・ヘーン(油ソバ)、旨い、確かに旨い。
汁そばに慣れた舌には少ししょっぱいが、具だくさんで麺の歯ざわりも絶妙。
油ソバがこんなに旨いものとは知らなかった。
赤いものの正体は分からなかったが、大いに満足した。
これで25 Btとは嬉しい。
「コプクン・カップ、アローイ、ナ(有難う、おいしかったよ)」と礼をいい、親子の笑顔をもらって屋台を後にする。
またチャイナタウンで新しい発見をした。

タイには珍しくどんぶり一杯の麺、満腹になってチャイナタウンを散歩する。
表通りはやはり相変わらず騒々しい。
狭い歩道の両側にびっしりと露店が出ている。
野菜や乾物、衣料品、眼鏡、雑貨、薬の露店まである。
食材の通り、金物の通り、ファンシーショップの通りなどを歩き回り、以前行ったフカひれスープ屋や点心屋を横目で見て、ナム・ソム・カン(みかんジュース)を飲んで、今回の探検は終了。
思ったとおり、へとへとになった。

再びカオサンへ。
昨日のマッサージが気に入ったので連日のチャイディ・マッサージ通いとなった。
同じオバちゃんを指名して、今日はスペシャルコース400Btの、タイ・マッサージ2時間+足マッサージ1時間を選択。
オバちゃんともうひとり、二人がかりでたっぷり揉んでもらう。
足と腕を一緒に揉んでもらうと、この世のものとは思えない気持ちよさだ。
これもタイならではのお楽しみか。
「サバーイ、ナ(気持ちいいよ)」とオバちゃんに言うと「サバーイか?サバーイはコユブト」え?何だって?「サバーイはコユブト。
」なんの事かわからない。
「だから、気持ちいいって言ったんだよ。
」「そう、サバーイはコ・ユ・ブ・ト」・・・ダメだ、こりゃ。
揉まれながら窓の外を見ると、激しいスコールが始まっていた。
マッサージが終わって、お楽しみの日本茶とパイナップルを頂きながらスコールを見る。
激しい、叩きつけるような雨。
でも、熱帯の雨、けして嫌いじゃない。

スコールは1時間足らずで上がり、外に出ると、もう青空がのぞいていた。
時刻は4時過ぎ、昨日と同じく運河ボートに乗ってプラトゥナームへと戻る。
プラトゥナームへ着いて、ホテルへ帰ろうかとも思ったが、もう少し寄り道がしたい。
で、有名なタイ・オタクの殿堂、パンティップ・プラザへと向かう。
ここは言ってみれば秋葉原をぎゅーっと凝縮したようなショッピングセンターだ。
だがここで売られているのは著作権など全く無視の海賊版オンパレードだ。
PCソフトについて今回驚いたのはウインドウズXP詰め合わせDVDソフトだった。
1枚のDVDにウインドウズXPとワード、エクセルなどの入ったオフィスXPが入っている。
これで140Bt、520円だという。
でも英語版だし、海賊版だからこんなのを買っていったら怒られるので、もちろんパス。
コピー商品横行のこのデパート、だれか何とかしようとか思わないのだろうか?でも何とかなってしまったら面白くないかな。
結局、凝った造りのCDケースを購入。

2階のクーポンレストランで軽い夕めし。
昨夜タニヤのホステスに、ここには北部名物のカオ・ソーイがあることを教えてもらった。
チェンマイやチェンライなどではメジャーな麺料理だが、バンコクではめったに口にできない。
さっそく麺ブースに行ってカオ・ソーイを探す。
「ねえ、これがカオ・ソーイ?ひとつおくれ。
」と聞くと、ブースのお姉ちゃんは笑って、「そうそう、カオ・ソーイよ。
でも現金じゃだめ、クーポン買ってきて。
」と答えた。
そうだ、ここはクーポンレストランだった。
発券所へ行きクーポンを買い、いそいそと1杯購入。
テーブルに座って早速一口食べてみると、・・・ん、ん?ええ、これが北部名物なのかな、たしかにカレー味のスープに、茹でた麺、それに揚げた麺がふりかけてあって、骨付き鶏肉のぶつ切りが入っていて、本で読んだ通りのレシピではあるが、うーん、期待した程ではない。
もっとスパイシーでコクのある味を期待したのだが、まるで2流メーカーのカレー味カップめんのようだ。
だめだ、とても納得できない。
これで次回の目的地は決まった、本場のカオ・ソーイを食べに北部チェンマイ地方に旅するぞ。

8時過ぎ、ゆっくり起床。
ゆうべは夜遊びも早々に切り上げ、よく寝た。
「高層レストラン」へ朝めしを食いに行く。
メニューの良し悪しはともかく、朝めしが旨く食えるのはのは幸せだ。
時間をかけ、コーヒーもゆっくり飲む。
いつもこうできればどんなに良いだろう。
それにしても本当にここは目もくらむ程の位置にあるレストランだ。
さて、今日は旅の最終日、買い物を中心に街を歩こう。
食休みも充分とって街へ出る。

タイ伊勢丹を覗こうと思ったがまだ開店していない。
トゥクトゥクの写真などを撮って、店の前をぶらぶらしていたら、身なりのよい初老の男性に声を掛けられた。
「やあやあ、日本の方ですか。
」なまりの無い綺麗な英語。
「今日はイセタン開くのは11時です。
どうです、良かったらトゥクトゥクで“ハッピー・ブッダ”を見に行きませんか?このすぐ近くです。
」緊張が全身を包んだ。
「有難う、でも、私はデパートの開店を待つのが好きなんです。
」と答えると、「不思議な人だ、行きましょうよ、時間はかかりません。
」としつこい。
私は“黄色いガイドブック”を見せ、「この本に、そういう誘いには絶対乗るな、と書いてあります。
一人にしてください。
」と言った。
男の目つきがとたんに鋭くなる。
これ以上の会話は危険だ。
男に背を向け、早足で歩き出す。
両手が汗で濡れていた。

誘いに乗ったが最後、偽者の宝石をつかまされるか、いかさま賭博に連れて行かれるか、麻薬を吸わされるか、いずれにしてもロクなことにならない。
「旅のトラブル集」をきっちり読んでおいて良かった。
しかし、ホンとにいるんだな、ああいう奴って。
パンティップ・プラザで時間をつぶし、改めて伊勢丹へ行く。
あの男はもう消えていた。
伊勢丹をぐるっと廻り、やはり私には不向きであることに気づく。
日本と比べれば格段に安いが、タイの金銭感覚に慣れた身にはやはりとんでもない値段のものばかりだ。

同じビルの“ワールド・トレード・センター”というどこかで聞いたような名のショッピングセンターへ行く。
ここではいつも何がしかのバーゲンをやっていて、今回もナイキショップでマックス・エアのスニーカーが半額で売られていた。
今履いているプーマも前回ここで買ったもの、そろそろ交替の時期か。
値段は半額で1300Bt、迷わずゲットする。
そのほか、お土産用のT?シャツを少し買い、本屋などを巡るが結局他に欲しいもの無し。
近所をぶらぶら歩く。
お、コーヒーの屋台。

かなり疲れが来ている。
ホテルに戻り、1時間ほどシエスタ。
もう一度シャワーを浴び、荷造りをして14:00にホテルをチェックアウト。
ロビーに懐かしい顔がいた。
「やあ、僕を憶えてるかい?」と声を掛ける。
前回の旅行で、同じクイッティオ屋台で昼めしを食べたのがきっかけで話をするようになったベル・ボーイだ。
ちょっと稲垣吾郎似のいい男、「憶えてますよ、もうチェックアウトなさるんですね。
」と答えた。
「ああ。
今回は今日まで会わなかったね。
」「いつも有難うございます。
旅は如何でした?」「そうだね、ものすごかったよ。
」彼にスーツケースの保管を頼み、チェックアウトを済ませて再び街に出る。

昼めしを食べていなかったので、腹がすいた。
屋台が立ち並び、何でも旨そうに見えてくる。
串焼きか、いいな。

カイ・チヤオ(卵焼き)乗せご飯、うーん、旨そうだ。
でも、あまり気分じゃない。
結局またもパンティッププラザのクーポン食堂へ行く。
なんか気に入ってしまった。
屋台や安めし屋よりも割高だが、衛生面で安心なのと種類が多いので、最終日は無理せずクーポン食堂に限る。

クーポン食堂であれこれと悩む。
「これ、なに?」「カキ、豚足だよ。
」「じゃ、これは?」「チキン、辛いよ。
」「牛肉はない?」「ヌア・パット・バイカパーオ(牛肉ミンチのバジル炒め)があるよ、おいしいよ。
」「じゃ、それとケーン・キャワーン(グリーン・カレー)。
」「はいよ。
」「ドゥワイ・カイダーオ(目玉焼きもつけてね)。
」指差しながら、英語と日本語とタイ語をごちゃ混ぜにして注文、オバちゃんはにこにこして皿に盛ってくれた。

アイスコーヒーをつけて45Bt、やはりタイの食い物は最高だ。
とくにケーン・キャワーン(グリーン・カレー)と目玉焼きのコンビは最高、こんなものが毎日食える人たちが羨ましい。
でもアイスコーヒーはもういい。
甘すぎて頭が痛くなってくる。

パンティップ・プラザは奥が深い。
さながら秋葉原のようで、小さな店がいくつもあって迷い込みそうだ。
こんなところにこんな物が、という発見もあって時間がいくらあっても足りない。
もっとも、たとえ買ったとしても到底、日本には持って帰れそうもない代物ばかりではあるが。
昨日DVDを物色した店にもう一度行く。
実は「お色気DVD」が欲しかったのだが、ここの女店員が可愛いので、とうとうそれを口にできなかった。

今日も彼女はいた。
ダメだ、諦めよう、と思い、手にした見本を置いたその時、彼女がにっこりして言った。
「何を探しマスカ?S○X?DVDはカウカ?」何だよ、何だよそれ?「い、いや、ハハ。
違うんだ、あー、音楽DVDはないかと思ってね。
」「そう?皆よく買ウネ、S○X?DVD。
」えー、そうでしょう、そうでしょうよ、このイープンも欲しいんだよそのDVDが。
しかし、彼女に見栄を張って結局最後まで買わずじまい。
でも君、その顔でS○X?DVDはカウカ?は無いだろう、全くここいらが文化のギャップというか、人種の違いというか、この国の人間性が分からなくなるところだ。
要するにアライコダイ(何でもあり)なのかな。
替わりに彼女の写真を撮らせてもらい、バイバイ、と言って、ここでの買い物は終了。

プラトゥナームから伊勢丹の前を抜け、その向かいにある土産物デパートのナーラーイパンへ行ってみる。
たまにはタイ土産らしいものを買わなければと思った。
タイシルクやコットンの小物、ピューター(すず)のカップや木工品、置物から家具、お香の類い、T?シャツ、絵葉書、写真集など、ありとあらゆる土産物屋がひとつのビルに詰まっている。
小物類をすこしと箸、それにキーホルダーを購入する。
ここは安くて助かる。
外へ出たらまた雨が降り始めていた。

雨宿りを兼ねて、地下にあるパビリオン・マッサージに行く。
これが最後のマッサージだ。
この国でこれだけ元気に動けるのも、いい食い物とマッサージのお陰だと私は信じて疑わない。
血流がちゃんとしていれば人間はいつまでも元気だと思う。
中国古式按摩とヨガ・マッサージを巧みに組み合わせたタイ・マッサージはその点を本当によく研究して作られている。
ここでもプーという、若くて可愛いがしっかりした技術を持った子に2時間みっちり揉んでもらう。

外へ出ると雨は上がっていて、少し涼しい。
時刻は6時、あと3時間ほどで出発だ。
少し早いが例のカオ・マンガイの店へ行き、軽い夕食。
ホテルへの道すがら市場をぶらぶら歩き、リンゴを一つ買う。
タイでリンゴは無い筈だから輸入果物かも知れない。
これは飛行機待合室でのおやつにして、ここではスイカを一切れ買って食べる。
スイカは、パイナップルやパパイヤ、マンゴーと並んで一年中取れる果物で、ラグビーボール状の品種だ。
水分が多く、甘くてとびきり旨い。
バテているときなどリフレッシュするにはもってこいの果物だ。

スーツケースにお土産を詰め、ロビーで一休み。
財布をチェックしたら、「ウエルカム・ドリンク」のチケットが出てきた。
ドリンクはともかく、最上階の展望室無料入場チケットが付いていたので話のタネに行ってみることにする。
最上階83階、さすがに高い。
高層ビルから見下ろすバンコクの夜景は美しかった。
街明かりが煌き、高速道路は光の川が流れるようだ。
面積1、586平方キロの大都会、人口は500万人とも800万人とも言われている。
“魔都”と呼ばれるこのバンコクだが、私にとっては今回も“天使の都”としての印象がより強かった。
私は1人の旅人に過ぎないが、この街をとても愛している。

ラウンジで「ウエルカムドリンク」を飲んでいたら、当ホテルの“ミス・ローイ・クラトン”の写真撮影をしていた。
ちゃっかり一緒に撮って貰う。
灯篭流しが賑やかなローイ・クラトンの祭りは明日から始まる。
私はあと1時間ほどで出発、入れ違いが残念だ。
下界へ降り、最後にもう一度外に出る。
夜になっても渋滞は収まらず、排気ガスと騒音に囲まれながら市場を歩いた。

頼んでおいたタクシーに9時少し前に乗り込み、ドンムアン国際空港に向かう。
フライトは11:40、きっかり2時間前に空港に到着。
夜間飛行の便が多くなるこの時間帯は、空港はあわただしい。
すんなり通してくれれば良いのに、X線のバゲージチェックで引っかかった。
「スーツケースを開けて!爆弾の様なものが見えたわ。
」可愛い顔して女性係員が言う。
やれやれ、成田じゃそんなこと言われなかったぞ。
「爆弾なんかある訳ないでしょ、きっと水中ビデオか何かだよ。
」しかし係員は拳銃でも取り出しそうな剣幕だ。
「いいから開けなさい、早く。
」「OK,OK,もちろん開けるよ。
」帯紐を解き、ダイヤルキーを外し、2個のロックを開錠してスーツケースを開ける。
シャツで包んでおいたマリンパックを開けてビデオカメラを取り出したところでやっとホッとしてくれた。
周りのファランから拍手が起こる。
アホか、お前ら。
でも、気が付いてみたら、日本でこんな事言われたら気が動転しておろおろするところだ。
こんなに平然としていられるのも、やはりこの旅で貰った“マイ・ペンライ”気分のお陰だろうか。
係員ももう笑顔になって、片づけをしている私にそっと聞いてきた。
「ねえ、その水中ビデオ、幾らするの?」

タイ国際航空TG642便は予定通り11:40、ドンムアン空港を飛び立った。
バンコクが遠ざかってゆく。
タイを離れる、一番寂しい時間。
今回は以前にも増して、一層素晴らしい旅になった。
この素晴らしい旅をくれた人々たちに、私は心から感謝する。
そしてバンコクの灯りはいよいよ遠ざかる。
今度はいつまた会えるのだろう。
2年後、それまでにちゃんと貯金しなきゃ、そう思いながら、私は次の瞬間にはもう眠りに落ちていた。
日本時間6時すぎ、アテンダントに起こされオムレツの朝食。
食欲がない。
旅にでて、一番疲れるのが、当然ながら帰りの航空機だ。
予定よりすこし送れて8時過ぎ成田到着。

空港ロビーは日本人だらけで、とても寂しい気持ちになる。
ここにはもう、声を掛けても笑顔で答えてくれる相手はいない。
好奇心と微笑で接してくれる人はいない、それがひどく寂しく感じられて仕方が無い。
だが、あと1時間足らずで我が家だ。
笑顔で私を待つ家族のために、スーツケースを開けて土産物を手渡しながら、旅の話をしてあげよう。
優しく、強く、懸命に生きている人たちの話をしよう。
そして、週が明けたら私は元気に仕事に戻るのだ。
それが私にとって、次の旅の始まりでもあるのだから。
次回は北部地方へ、そしてその次はイサーンを訪ねよう。
次第に力を取り戻し、これからの旅を心に浮かべながら私はひとり微笑む。
我が家までは、あと僅かだ。
(了)

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