がまだす@熊本さんの旅行記
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旅行記タイトル:バックパッカーな旅 36 ミャンマ ーへ?
旅行期間:2005/09/09〜2005/09/11

旅行記の内容:チェンライからローカルバスで、タイの最北端の町メーサイに着いたのは、正午を告げる少し前だった。
国境の町は何処もそうだ、生活臭とリズム感のある猥雑が、私は好きだ。
メーサイの町でも、土嚢袋みたいな大きいビニール袋を担いで、ボーダーを越える人々の姿があった。
乳飲み子を背におぶって、荷物を抱いて渡る若い母親の姿もあれば、竹で編んだ篭の中に、野菜や果物を背負いながらイミグレを渡る老女のグループも見かける。
検閲所を走ってすり抜けて、ボーダー付近で物乞いをする子どもたちも、数人いる。
じっくり観察していると、おもしろい。
顔なじみなのかフリーパスみたいに通り抜ける地元民も、少なくは無い。
ここには国境の町メーサイとタチレク。
だけど緊張感の欠片さえない無いようや、ボーダレスの町だ。
写真:チェンライからローカルバスで、タイの最北端の町メーサイに着いたのは、正午を告げる少し前だった。
国境の町は何処もそうだ、生活臭とリズム感のある猥雑が、私は好きだ。
メーサイの町でも、土嚢袋みたいな大きいビニール袋を担いで、ボーダーを越える人々の姿があった。
乳飲み子を背におぶって、荷物を抱いて渡る若い母親の姿もあれば、竹で編んだ篭の中に、野菜や果物を背負いながらイミグレを渡る老女のグループも見かける。
検閲所を走ってすり抜けて、ボーダー付近で物乞いをする子どもたちも、数人いる。
じっくり観察していると、おもしろい。
顔なじみなのかフリーパスみたいに通り抜ける地元民も、少なくは無い。
ここには国境の町メーサイとタチレク。
だけど緊張感の欠片さえない無いようや、ボーダレスの町だ。
ソンテウが町中に差し掛かる頃、武装した検閲官からストップをかけられた。
乗客の荷物検査ではなようだ、乗客の顔を調べている様子。
だが、お互い笑顔で会話をしている、
不思議なくらい緊張感さえ伝わらないはなぜか。

メーサイ川は、場所によっては5メートルもない小川。
考え方によっては、歩いて渡るような密入国者天国の川幅。

メーサイに勤める公務員宿舎。
この豪華な建物を見る限り、あまりにも違うミャンマーと経済格差を再確認させられる。

店先で小さなビーズ玉を選分けている女性。

タチレクの川沿いには、ミャンマーの民芸品とか中国製品が所狭しと並べられている店が多い。

振り向くとタチレク。
夕方近くになると、タイからミャンマーへ帰る商人のおばちゃんたちの姿が多い。

タチレクの検閲所では入国手続きを受けながら、入国料の5ドルを支払った後、パスポートを預けなければならない。
もちろん預り証をくれるので、出国時に交換してもらえばいい。
なんだか難しい国のように思えるが、とても簡単。
所要時間は5分くらいで終わる。
片言の日本語を話す女子職員の目は、いたってフレンドリーに思えた。

タチレクの町中。
思った以上に整備化されていて、郊外方面へ続く道路も舗装さてれいた。

小奇麗なDVD店だが、正規品もあれば中国製のコピー商品も少なくはない。
店先付近では、たちの悪そうな物売り男性がしつこいほど声かけてくるが、無視した方が賢明。

華僑の店主。
この店でコピー商品の5倍近くするDVDを3枚買った。
リージョンフリーでないから正規品だろう、と思うけど。

町中を少し覗いてみたい。
トゥクトゥク運ちゃんに交渉したところ、なんと2時間で50バーツだという安さ。
だけど舗装道路とはいうものの、お尻が痛いくらい穴ぼこが多いタチレクの国道。

ミャンマーのガイドブックは持っていない。
文化施設も名所旧跡も分からない。
写真はタチレクからすぐ近くにあったが、ミャンマー英雄の銅像だろうか。

正面の水色の建物がミャンマーのタチレク。
橋の長さは、およそ100メートル。
渡る車も少なくはない。
物乞いの子らも多い。

メーサイからタチレク間を流れるメーサイ川に架かる短い橋を歩いて渡って、タチレクのイミグレまで行く。

ここはメーサイのイミグレ。
ミャンマーの旅は、およそ5時間で終わった。
ほんのちょこっと覗いただけだったけど、国境の町だったとは言え、後ろ髪引かれるくらい魅力があったミャンマー。
いつかまた覗いてみたい。

メーサイで宿泊したホテルはS・HOTEL。
何の変哲もない無い名前だが、エアコンつきの部屋はグレードが高い。
写真は部屋から撮ったタチレクの町中。

メーサイのホテルは時期によって料金が変わるが、案外グレードが高い割には低金料金だった。

メーサイを散策してみる。

ミャンマーへ続く大通りを挟んで、左右に商店街が立ち並んでいる。

中国のお茶屋さんだけど、サングラスとか携帯電話が並べられていた。

歩道まではみ出した中国製のおもちゃの数々。

これも中国製。

ミャンマー製を売っていたアンティーク店。
なかには日本軍のヘルメット、鉄砲もあった。

メイーサイのイミグレは、川沿いにあるホテルから歩いて、5分もしないところにある。
正午を少し回っているこの時間帯は、いつも混雑しているという。

向かって右側がミャンマー。

メーサイの町は、1泊だけしてチェンマイへ帰ることにした。
イミグレ近くの商店街を見て歩くと、メーサイ橋のたもとにたどり着く。
密入国も簡単に出来そうなくらいで、何だか面白い。

梅干、アンズ、乾しブドウもあった。

中国を旅行した頃、「タイのVIPバス料金は安い。
しかも豪華だ」と聞いたことがある。
メーサイからチェンマイ間の料金は300バーツ前後。
走行時間は約5時間。
左側の一人座席は、静かでくつろげる快適なバスの旅だった。

見た目旨そうな甘栗。
よく売れていたので買ってから宿で食べたが、ペケ。
中身はほとんど腐れていた。

旨そうな屋台の餃子。

どっかの紙幣セットも売られていた。
ミャンマーのお札かな?

左側にカーブして流れる道路は、ラオス国境町フェサイ対岸にあるチェンコンまで続く国道。
ラオスの山岳国道が崖崩れさえしていなかったなら、ルアンナムターからタイへ入国していたはずだ。
タイ最北部の町々は、いずれまた行くつもりでいる。
必ず!

なんかのモニュメントだろうか。
ひときわ目だった建物だが、これも名前が分からない。

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